「博学多才」知識が豊富で、多くの分野の才能に恵まれていること。
「博学」は各方面の学問に通じており、知識が多いこと。
「多才」はいろいろな才能に恵まれていること。中国の古典「晋書(しんじょ)」の中に出てくる言葉です。
「博学多才」 世の中には、本当に多くの才能を持っている人がいます。
学生時代でいえば文武両道、社会人以降は、会社の必要スキル以外で別な才能を発揮している人たちを大勢見てきました。私個人も、皆様同様「文武両道」の学生時代を送り、社会人になってからは外部で勉強をしたり、トライアスロンを始めたりとマルチに活動しているつもりではありますが、多趣味なだけで、多才とは言えませんね。
近代史の中で一番最初に浮かぶ「博学多才」は、 江戸時代に活躍した発明家平賀源内。海外ではレオナルド・ダ・ヴィンチでしょうか。ダ・ヴィンチが生きた15世紀は、ヨーロッパが勢いを持ち始めた時で、 ポルトガルとスペインによる大航海時代の始まりでした。その時代に平和なイタリアにいたことが、彼の才能を開花させたのだと思います。
日本の平賀源内が生きた18世紀は江戸時代。鎖国による平和な時代であったことが、文化の育成・醸造・発展を後押ししたと思います。 |
↑発明家平賀源内 |
さて、歴史上の人物ではなく現代の「博学多才」ということで取り上げたのは、元ソニーの社長「大賀典雄」さんです。1930年沼津市の材木商を営む生家で生まれ、1949年に旧制静岡県立沼津中学(現沼津東高校)を卒業後、東京藝術大学に進学されました。藝大では声楽を学び、専攻科をでてドイツ留学をしています。ドイツではミュンヘン国立音大で学び、その後ベルリン国立藝大を1959年に卒業後、ソニーに入社しました。ソニーとの縁は、ソニーがまだ「東京通信工業」と言う名前でテープレコーダーを販売していたときに、藝大の学生だった大賀さんが、音質にクレームをつけ、その指摘が的確だったことから、創業者の二人である井深さん、森田さんが一目置いたことから始まったそうです。そして、当時学生の大賀さんをソニーに誘うわけですが、音楽家になりたい大賀さんを口説くために、まずは嘱託社員として、学生の大賀さんのアドバイスと引き換えに給与を支払っていたそうです。
ソニーに入社後も、大賀さんはバリトン歌手として仕事をしていたそうですが、だんだんとソニーの仕事が忙しくなり、主軸をソニーに置くことになり、その後のご活躍は皆様ご存知の通りですね。
「博学多才」の本領発揮は、広告部長とデザイン室長を兼務した時に、現在のソニーブランドの礎を築いたことだと私は思います。それは例えば、『SONY』ロゴのデザインを手がけたり、トランジスタラジオ、テープレコーダーなどの製品にインダストリアルデザインをいち早く取り入れたこと。アップルが「我々はメーカーではなくデザイン会社だ」と言っていますが、私は、その先達は日本ソニーがつけたのだと思います。
製品の良さは勿論、デザインが良いことで、マーケットが広まる、ブランド力がつく、ということが実感できたのも、私の成長期と重なることもあり、納得がいくものでした。
さて、大賀さんですが、社長時代にソニーが役員出張用に社用機(今はありえませんね)を購入したのをきっかけに飛行機の運転免許を取得し、自分で操縦して出張に行っていたと言う話はあまりにも有名です。音楽家としても実業家としてもその才能を発揮していた元は、好きなことを実現することで、楽しんでいたのだと思います。 今回の「博学多才」、まずは好奇心旺盛に、そして楽しく取り組めば誰でも、レベルの差こそあれ叶えられることだと思います。皆様は如何でしょうか?社員の才能も発揮させましょう! |
↑夢のある本ですよ |
(弊社発行 月刊まるやまVoice Vol.27 2012年11月号より抜粋)